知らなかったその後

新日の初代タイガーが去った後、二代目タイガーを出そうとしたらしい。全日ではなく、新日でだ。

しかも、白羽の矢が立ったのは何と山崎一夫。

大学で一年間、器械体操を学ばせてからデビューさせる予定だったらしい。

何と言うプランだ。

新日で二代目タイガーが実現していたら、山崎のその後もだいぶ変わっただろう。

古い試合

昔の新日本プロレスの大会から。

1982年9月2日 茨城・笠間市民体育館 観衆2100人
①1/15 ○B・キャット(10分41秒 体固め)●山崎

ブラックキャットと山崎一夫が一試合目に組まれている、等興味深い。

②1/20 △藤原(時間切れ引き分け)△荒川
③1/20 木戸,●平田(11分31秒 体固め)○力抜山,曹相鉄
④1/30 ●保永(7分37秒 吊り天井固め)○ビジャノⅢ
⑤1/30 寺西,●剛(10分48秒 エビ固め)○P・ロバーツ,C・アダムス
⑥1/30 ●谷津(8分47秒 片エビ固め)○S・スローター

谷津はこの頃、結構外人選手の負け役をやっている。
⑦1/30 ○坂口(7分23秒 逆エビ固め)●E・レスリー
⑧1/45 ○タイガーマスク,木村健(9分22秒 体固め)B・タイガー,●L・マリスカル
⑨3/60 ○A猪木,H・ホーガン,藤波(2-1)●R木村,M・スーパースター,A浜口
①▲猪木(9分58秒 両者リングアウト)▲木村
②○藤波(4分18秒 逆さ押さえ込み)●浜口

破綻の原因

安宅産業が破綻した、一番の原因はなんだったのか。

安宅社内では「相談役社賓」の肩書きを有していた、創業者安宅弥吉の長男・安宅英一元会長が、「安宅ファミリー」の勢力をバックに人事権を掌握し、事実上最高権力者として君臨していた。安宅家から奨学金を受けていた者、コネクションがあって入社した者、何らかの理由で引き立てられた者などから「ファミリー」は形成され、社員の言動をチェックしては英一に報告するなど、スパイのような存在であった。「ファミリー」の頂点とも言える人物が前出の柴田芳雄専務で、管理財務本部と人事総務本部の本部長を兼任して社内の実権を一手に集め、「天皇」の異名を奉られていた。

この「ファミリー」という隠然たる勢力をバックに、英一は自身にさしたるビジョンがあったわけでもないのに、人事権を振りかざし、社内を萎縮させた。かつて英一の支持の下、戦後の安宅発展に尽力した猪崎久太郎社長は、極秘裏に住友商事との合併交渉を行ったため会長に祭り上げられ、後任の越田左多男社長も、人事権への介入を止めるよう英一に直言したため更迭された。

安宅一族は公私混同も激しく、のちに「安宅コレクション」として大阪市立東洋陶磁美術館に、所蔵展示されている中国・朝鮮(高麗)陶磁器の膨大なコレクションは、英一が安宅産業で美術品部を作って購入したものである。また、英一の息子・昭弥(専務)も子会社の「安宅興産」を通し、40数台にも上るクラシックカーを購入していった。

昭和の安定期

高度経済成長により日本は、世界有数の人口密度に由来する過剰人口問題を解決して、国民の生活は有史以来初めてといえる豊かさになった。

2度のオイルショック後の急激なインフレーション(狂乱物価)と不況は短期間で終わり、素材産業など一部の重厚長大産業は没落したが、省エネルギー化を推進して、ハイテク産業・サービス業が成長して、安定成長へと順調に移行することができた。欧米諸国がスタグフレーションに苦しむなか、自動車や電化製品の生産を激増させ、集中豪雨的な海外輸出の拡大によって貿易黒字は増大の一途をたどった。

ついには日本の経済は昭和50年代の1980年(昭和55年)には、戦後わずか30数年にしてGNPレベルではアメリカ合衆国の経済に次ぐ規模を持うようになり、国民の生活レベルは一億総中流と呼ばれた。

無知の知

プラトンの『ソクラテスの弁明』においてソクラテスが語ったところによると、彼独特の思想・スタイルが形成されるに至った直接のきっかけは、彼の弟子のカイレフォンが、デルポイにあるアポロンの神託所において、巫女に「ソクラテス以上の賢者はあるか」と尋ねてみたところ、「ソクラテス以上の賢者は一人もない」と答えられたことにある。これを聞いて、自分が小事・大事ともに疎くて賢明ではない者であると自覚していたソクラテスは驚き、それが何を意味するのか自問した。

さんざん悩んだ挙句、彼はその神託の反証を試みようと考えた。彼は世間で評判の賢者たちに会い、その人々が自分より賢明であることを明らかにして神託を反証するつもりであった。

しかし、実際に賢者と世評のある政治家や詩人などに会って話してみると、彼らは自ら語っていることをよく理解しておらず、そのことを彼らに説明するはめになってしまった。それぞれの技術に熟練した職人達ですら、たしかにその技術については知者ではあるが、そのことを以って他の事柄についても識者であると思い込んでいた。

これが無知の知だ。

上津屋橋

日本の京都府久世郡久御山町と八幡市を結ぶ、木津川に架けられた木橋である。川が増水すると橋桁が流される独特の構造を持つ流れ橋の代表的なものであることから、「流れ橋(ながればし)」の名で呼ばれることが多く、また、「木津川流れ橋(きづがわ ながればし)」「八幡流れ橋(やわた ながればし)」などといった異名で呼ばれることもある。橋長(全長)356.5m、幅3.3m。

映画産業が盛んな京都から近い事もあり、しばしばロケ地としても使われる様だ。

食べ合わせ

食べ合わせが悪いといわれている食品どおしについて。

トマトとキュウリ。

トマトに含まれるビタミンCに対し、きゅうりに含まれるアスコルビナーゼにはビタミンCを壊す作用があるそうだ。また、両方とも体を冷やすのも悪いとされる。

しかし、実際にはサラダとしてトマトとキュウリは欠かせないと思う。

ほうれん草とベーコン。

ベーコンの中に含まれる添加物の一つリン酸塩が、
鉄分とカルシウムの吸収を妨げてしまうそうだ。

これも美味しい組み合わせだ。勿体ない。

レトロに賑わう

門司港レトロ(もじこうレトロ)は、福岡県北九州市門司区にある観光スポット。JR門司港駅周辺地域に残る外国貿易で栄えた時代の建造物を中心に、ホテル・商業施設などを大正レトロ調に整備した観光スポットで国土交通省の都市景観100選を受賞している。対岸の下関市唐戸や巌流島等との周遊ルートとして多くの観光客で賑わう。

バナナのたたき売りでも有名だ。

古き良き時代の継承、大切な事である。

もし残っていたら

長州顔面蹴撃がなく、前田日明が新日にそのまま残っていたら。

当時の路線でトップになっていただろうか。

三銃士は、決してその後の様にはなっていなかっただろう。

武藤がトップの近くに居て、橋本と蝶野は中堅のトップクラスみたいな感じか。

前田に対してのマシンみたいなポジションかもしれない。

 

流行語大賞

歴代の流行語大賞を見ていくと、その年がどんな時期だったのかおぼろげに見えてくる事も多い。

1984年に、「おしんドローム」というのがある。

おしんと、シンドロームを掛けた造語だろう。

それだけこの年のおしんが与えた影響は強かったという事だ。

1986年は「新人類」だ。清原・工藤・渡辺が対象となっている。

この頃は長州も新人類、という見方をされていた記憶がある。

世相を表す流行語。面白い。